淡々としたものを作ってしまう
自分のネーム第1〜2稿はいつも淡々としてしまうんですが、このあいだ配信の企画で描いた「雨」の漫画もずいぶん淡々としているなと思いました。私が客観的になってきたということです。性癖垢で描いている漫画の方は、執筆中に気づいては「うわ淡々としている」と思って、描きながら何度もネームをやり直します。淡々とするのが自分の癖なんだと再認知しました。
「雨が降った時だけ街に行くことが出来て嬉しい」というテーマにするなら、もうちょっと主人公の性格を変えて退屈そうにさせたり、ソワソワさせたり、街で喜ぶそぶりを見せたりと、共感してもらう方法は沢山あったと思います。ただ、実際にワンドロでネームを描いてしまうと、「嬉しい」って部分まで考えられなくて、「雨が降った時だけ街に行くことが出来る」と事実だけの話にしてしまいます。これはディスっている訳ではなく、放っておくと淡々としてしまう作風なんだな〜〜〜と思ったブログです!
放っておいても淡々とするので、これからもうちょっと感情的なネームも描いて練習したいと思いました。それはいま性癖垢で描いているのが仮にも恋愛物なので、共感されたり読んでいて気持ちを少しでも動かせるものが描きたいからです。
確かに自分は疲れやすいのもあって、映画やアニメで強い感情が描かれるシーンがあんまり好きではありません。日頃から周囲の顔色を伺ったり機微を察して、出来るだけ周囲の人が感情的にならないように慎重に暮らしています。でも最近、進撃の巨人のアニメを海外の人がリアクションする動画を見ていて、ひとつの作品で色んな人が色んな感情を爆発させて楽しんでいて、これがエンタメだよなあ!と感じて楽しくなりました。私もストーリーを作るからには、少しでもエンタメしたいなと思うようになり、自分のネームの淡々とした部分が気になって、色々と考えるようになりました。
普通に作ると、自分で疲れたくないのも相まって、できるだけ感情の動かない方向にネームを切りがちのようです。それはそれで1つの作風でいいんじゃないかと思いつつ、恋愛物を描いていてこんなに何度もネームを切り直すのは、冷静にならないと手癖で淡々とさせてしまう傾向があるからだと分かりました。恋愛物というエンタメを描きたいので、もうちょっと感情的な表現の引き出しを増やしたいです。映画やアニメを見る時も、感情的なシーンになると心を無にして見るようにしがちなので、それを少し抑えて、多少共感しすぎてぐったりするにしても、もうちょっと味わってみたいなと思いました。
映画のクライマックスや、その前にある主人公が一度落ちる展開が苦手で、起承で観るのを止めることが結構あるのですが、もうちょっと頑張って観てみたいです。自分で作る話も起承しか思いつかなくて頓挫しがちなのですが、単純にクライマックス近辺が感情的にハイカロリーで苦手だからだなと、よく理解できました。そういう意味では、主人公が死んで終わる話が好きなのですが、死ねばその主人公には何の感情も無いので安心感があるんだなと分析できました。
感情を出すのは普通に恥ずかしいってのもありますが、それを言っていたら創作出来ないので、なんか読んでいて感情が湧いてくるエンタメを作ってみたいです。夢の国の設計みたいにエンタメランドを設計しているんだ!と思うと割り切れる気がします。それはそうとどこかで淡々としている作品って、本当に安心感があって好きです。今後もずっと好きだと思います。